フラッシュバック

タイトルが怪しいですが、これは私の体験談です。

フラッシュバック、世の中で「走馬燈」の様にクルクル回ると言われている物ですが、私も以前に体験したことがあります。

大学3年の時、私は山岳部に所属していました。

5月のゴールデンウィーク、まだまだ雪深い、北アルプス「穂高岳」、前穂高の三峰と四峰の鞍部、いわゆる「三四のコル」、私は、涸沢側に向かって雪の上に腰掛けて休息をとっていました。

しばらくして、「さあ行こうか」と立ち上がった瞬間、履いていたアイゼンの爪を引っかけて、バランスを失い、転倒、そのまま涸沢に向かって、雪の斜面(かなりの急角度)を滑り始めました。「やばい!!!」と思ってピッケルを打ち込んで滑落停止の姿勢を取りましたが、雪が腐っていて、止まりません。

そうこうしている内に、だんだんスピードが出始め(当時はナイロンの上下服を着ていたので、これが雪の上で良く滑ること)、「もうダメだ、止めれない」と感じ、その次は、涸沢にある巨大な岩に激突して、砕け散っている自分の身体の映像が見えました。このとき「これで死ぬんだな」と思った瞬間に、何故か「おふくろごめん」という思いが脳裏をよぎりました。

人間母体から生まれてきているので、自分の「死」に際して、父親よりも母親のことしか脳裏には浮かばないのかもしれません。

この「おふくろごめん」と思った次の瞬間に、それはやって来ました。

自分が生まれた瞬間から、その時点までの1秒1秒の、それこそ何億枚あるのか分かりませんが、そのすべての映像を、ズボッと串刺ししたように、そのすべての映像が、一瞬にして、すべて同時に把握できる。
非常に不思議な感覚でした。走馬燈の様にクルクルとは、回りませんでした。

人間の脳は、ほんの数%しか使われていないと言われますが、自分の「死」という極限の状態になった時に、おそらく脳細胞がフル活動したのだと思います。つまり、時空間を超越したのかも?。

その後すぐに、周りが真っ白になり、音も聞こえなくなりました。
どれだけ時間が経ったか分かりませんが、突然お腹をこする雪の感覚が急に柔らかいと感じたので、アイゼンの爪が引っかかって、バウンドしないように上げていた両足を「どうせダメならやってみよう」と思い、雪の斜面に両足のつま先を蹴り込みました。この間たぶん0.?秒。

そうしたら、全く漫画の様ですが、そこら辺の雪だけがグサグサで、スピードが付いているにも関わらず、一回もんどり打って、止まったのでした。その後、身体がガクガク震えて、約30分位、その場から、動けませんでした。

落ち着いてから見ると、前穂高岳の五・六のコルの取り付き点まで来ていたので、高度差約500メートル位落ちたことになります。

まあ、よくも助かったもので、普段の行いが悪いので、もっと良いことをたくさんしないと、なかなか、あっちの世界には行かせてもらえないのかな?と、この事を思い出すたびに、思う次第です(笑)。

この事を経験してからは、取るに足らない細かなことや、自分の私利私欲には余り興味が無くなったのは事実です(別に悟りを開いた訳ではありませんが)。

4月に入って、5月の連休が近くなったら、いつも思い出すので、書いてみました。

ちなみに、小生、山での遭難3回、大交通事故3回やっておりますが、いまだに、生きています。



Karasawa_Cirque_(200708).jpg
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。